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静岡地方裁判所浜松支部 平成4年(ワ)364号 判決 1993年3月04日

原告

八島海運株式会社

右代表者代表取締役

大澤州司

右訴訟代理人弁護士

岡田一三

大嶋格

被告

掛川信用金庫

右代表者代表理事

杉本周造

右訴訟代理人弁護士

酒井英人

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一原告は、請求の趣旨として「被告が大澤つたに対する静岡地方裁判所浜松支部平成三年(ヨ)第五八号仮差押命令申立事件の仮差押命令に基づき平成三年五月一六日別紙物件目録記載の土地についてした保全執行は許さない。」との判決を求め、別紙記載のとおり請求の原因を述べた。

二被告は、請求棄却の判決を求め、要旨次のとおり述べた。

1  本物件は大澤つたの所有である。原告は本物件の所有者ではないから、第三者異議の訴えの原告適格を欠如している。また、債権的請求権が異議の原因として認められるのは、目的物が債務者の責任財産に属しないことを前提とするから、目的物を自己に取得せしむべきことを請求し得るに過ぎない者は、原告適格を欠如している。

2  請求原因一、二1、3は認め、二2は不知、二4のうち、「本件売買代金からの」「本件売買に基づき」の各部分を否認し、その余は認め、二5は認め、二6、7のうち、原告主張の各登記が経由されていることは認め、その余は不知、二8、三、四は争う。

三当裁判所の判断は、次のとおりである。

1 第三者異議訴訟における異議事由は差押債権者の第三者に対する実体法上の違法であると理解するときは、その異議事由は第三者の対象物に対する所有権等の物権の主張に限定されず、差押債権者の執行行為が信義則違背、権利濫用等として第三者の権利を実体法上違法に侵害する場合には、第三者の当該権利が債権的請求権であっても、異議事由となり得るものと解すべきである。

このような債権的請求権は本来は排他的効力を有しないが、これに執行行為に対する排除力を認めようとするのであるから、ここで執行行為の信義則違背、権利濫用等というのは、差押債権者が債権的請求権者の存在を認識しているのみでは足りず、その者に対しことさら陰険・悪質な手段等を弄する場合をいうものと解すべきである。

2  そこで、本件においては、原告の主張によれば、佐光商事株式会社は昭和五五年一二月に大澤權右衛門から本物件を買い受け、佐光商事のため所有権移転請求権仮登記を経由し、そのころ原告は佐光商事から本物件を買い受け、その後、佐光商事が大澤に支払うべき右売買代金を原告において支払い、被告は右売買代金を原告が支払っていることなど真の買主が原告であることを知っていたはずであるのに、平成三年五月一六日本件仮差押に及んだこと、原告は平成三年七月一二日に至って佐光商事から右所有権移転請求権仮登記の移転登記を受けたこと、本件売買について農地法五条の許可は下りておらず、農業委員会は不許可の態度をとっているというのである。

そうすれば、原告は、本物件についていまだ所有権を有せず、売主に対し所有権を移転するよう求める債権的請求権を有するに過ぎない。

そこで、本件保全執行の違法性の存否について考えるに、大澤・佐光商事間の売買における売買代金が原告によって支払われていることを被告が知っていたとしても、被告は原告を融資者に過ぎないと認識するかも知れないし、仮に被告が真の買主を原告であると認識していたとしても、売買時から既に一〇年以上も経過しているのに、前記仮登記の名義は依然として佐光商事のまま残置され、原告の名義は現れていなかった事実がある反面、原告の主張事実によっても、被告が原告に対しことさら陰険・悪質な手段に出たわけでもないから、未だ本件保全執行は信義則違背又は権利濫用であると言うことはできない。

したがって、本件保全執行は原告に対する関係で実体上違法であるとは言えないから、原告の主張は異議事由とはならない。

3  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由がないものとして、主文のとおり判決する。

(裁判官山川悦男)

別紙

一 (保全執行)

被告は訴外大澤つた(以下「訴外つた」という。)に対する静岡地方裁判所浜松支部平成三年(ヨ)第五八号仮差押命令申立事件の仮差押命令に基づき平成三年五月一六日別紙物件目録記載の土地(以下「本物件」という。)について保全執行をした。

二 (保全執行不許の原因)

1 本物件は、平成二年三月四日死亡した訴外亡大澤權右衛門(以下「訴外亡權右衛門」という。)のもと所有であったが、同訴外人の死亡による相続を原因として、静岡地方法務局相良出張所平成二年一一月二八日受付第六九一三号をもって訴外亡權右衛門の妻である訴外つたに対し所有権移転登記が経由されている。

2 訴外亡權右衛門は、自己名義の債務を弁済するために、昭和五五年一二月一〇日、本物件を含む自己所有土地二二筆を、訴外佐光商事株式会社(以下「訴外佐光商事」という。)に対し、売買代金総額を金一億一〇〇〇万円とし、代金支払方法は売買契約締結日に金一一〇八万五一七六円を支払い、残金九八九一万四八二四円は被告を含む訴外亡權右衛門の各債権者に対し、訴外佐光商事がその債務の弁済期に訴外亡權右衛門に代わって弁済することにより支払うとの約定で、売買契約(以下「本件売買」という。)を締結した。

3 被告の訴外亡權右衛門に対する債権は、本件売買当時、次のとおりであった。

① 昭和五五年三月二八日金銭消費貸借契約に基づく貸付元金一〇二〇万円の残存元金八九二万五〇〇〇円

② 昭和五五年一〇月二八日金銭消費貸借契約に基づく貸付元金一八二〇万円

4 被告の当時の御前崎支店長であった訴外本間義明は、本件売買代金からの右債権回収を図るため、昭和五六年八月二四日上京のうえ訴外佐光商事に対し、訴外佐光商事名義の普通預金口座を被告御前崎支店に開設して訴外佐光商事が本件売買に基づき訴外亡權右衛門に代わって弁済する弁済金を右普通預金口座に入金のうえこれを預金口座振替によって被告の貸金債権に充当する方法をとりたい旨提案した。

5 訴外佐光商事は、右訴外本間義明の提案を承諾のうえ被告との間に預金口座振替契約を締結し、昭和五六年九月二五日開設した普通預金口座に右同月から昭和五七年一一月まで毎月金一五〇万円宛、同年一二月に金五四三万四一三九円合計金二七九三万四一三九円を入金し、被告は右普通預金口座から訴外亡權右衛門に対する貸金債権を逐次振替えて回収し、昭和五七年一二月二七日をもって全額の回収を了した。

6 本物件は農地であったため、訴外佐光商事は本件売買に基づき、本物件につき、静岡地方法務局相良出張所昭和五五年一二月二二日受付第六九二一号をもって農地法上の許可を条件とする所有権移転請求権仮登記を経由した。しかし、農地法上の許可申請未了の間に、平成二年三月四日訴外亡權右衛門の相続が開始したため、前記1のとおり、訴外つたが本物件の所有権を取得するとともに本件売買の売主上の地位を承継したものである。

7 原告は、訴外佐光商事の所謂親会社で、本件売買の実質上の買主は原告であり、売買代金も全て原告が支払い且つ本物件は売買当初から原告において資産計上し固定資産税も原告が負担していたものである。被告も、前記4の交渉を原告会社方で行い又前記5の預金口座への入金が原告によってなされている等本件売買の真の買主が原告であることは承知している。

そして、原告は訴外佐光商事との間の昭和五五年一二月二〇日売買に基づき、本物件につき、静岡地方法務局相良出張所平成三年七月一二日受付第四〇五七号をもって前記訴外佐光商事の農地法上の許可を条件とする所有権移転請求権仮登記上の権利の移転登記を経由している。

8 被告は、前記4、5のとおり、本件売買代金をもって訴外佐光商事こと即ち原告から訴外亡權右衛門に対する債権を全額回収しており、本物件が訴外亡權右衛門から訴外佐光商事こと即ち原告に対し、農地法の許可を条件に既に売渡されたものであることは百も承知している。

にもかかわらず、被告は、本物件が農地法の許可未了のために所有権移転請求権仮登記に基づく本登記が経由されていないことを奇貨として、本物件に対し本件保全執行をしたものであり、右保全執行は信義則に反し又は権利の濫用に該り許されない。

三 (訴の利益)

被告の本件保全執行による仮差押登記は、原告の所有権移転請求権仮登記に遅れるものであるから、原告が訴外つたとの共同申請により農地法所定の許可を得て右仮登記に基づく本登記を経由すれば、被告の仮差押登記は中間処分として失効する。

しかしながら、御前崎町農業委員会は原告及び訴外つたが本物件について申請した農地法五条所定の許可申請に対し、被告の仮差押が存することを理由に許可基準に抵触するとして不許可の指導をしているので、原告には本件訴訟を提起する訴の利益がある。

四 よって、原告は被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求め本訴を提起する次第である。

別紙物件目録<省略>

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